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Archive | 2009年11月

ナゼ脳腫瘍だったのだろう

さくらは以前にも書いたが、脳腫瘍と判ってから今まで

『ナゼ私が脳腫瘍なんかになったんだろう?』と考えた事は無かった。

しかし初めて昨日考えた。

何て言うか。

今でもそしてこれからも悲観的な意味での

何で私が脳腫瘍に・・・という気持ちからくる『ナゼ』ではない。

脳腫瘍の原因は遺伝子の問題だとようやく最近判ってきたようだが

まだまだ未知な領域の話なので、悲観したところで

なってしまったものは仕方ないという気持ちは変わらない。

上手く説明が出来ないのだか、

さくらは自分がもし癌になるとしたら乳癌や子宮癌などの

婦人科系の癌になるんじゃないかと思っていた。

それがナゼ脳腫瘍だったんだろう。

今から数年前、ちょうど神の手と呼ばれている医師が

TVのドキュメンタリー番組で密着取材を受けているのを観た。

そしてその時さくらは

脳腫瘍になるんならこの先生が現役でいる間にならないと。

と、漠然と思った事がある。そしてその時の事はずっと記憶のどこかにあって

その後、定期的に放送されていたその医師の手術の番組は

特に観ようという心構えはないのに、何でかいつも観ていた。

最初に彼を知った時、漠然と思った事がまさか本当になるとはな。

そして皮肉にもさくらは電話でだけど話し、そして結局彼の手術を

受ける事はなかった。彼の範疇外だと言われた。

ホントに何て説明すればいいのか分からないが、

脳腫瘍になるという事はさくらにとって必然的な出来事、

運命だったように思える。

ヒナを産む前にも瞼の痙攣で脳外科を受診した。

今となれば、口を揃えてどの脳外科医もその時に

極小さな脳腫瘍があったのだろう・・と言うが

当時のさくらの症状ではCT検査のみが妥当だし

当然CTで判るほど大きな存在ではなかった、とも言われる。

さくら自身、その時診察してくれた医師に対して

ナゼあの時発見してくれなかったの?等という気持ちは

全くない。むしろその4年後に受診し、脳腫瘍と最初に診断してくれ

神の手一派から匙を投げられたさくらを励まし勇気づけてくれたのは

そのクリニックの医師だった。

あの時の先生の説明がどれほどさくらとチチを励ましてくれた事か。

その後もチチが頭痛で受診した時も丁寧に診察してくれて

さくらの置かれている状況、心境を熱心に語ってくれた。

何度かこのブログでも書いたが、この医師は以前さくらが勤めていた

精神科の医師と交流がありさくらはよく電話の取次ぎをしていた。

向こうはさくらの事は知らない。

でもこれも今となって考えれば必然の出来事だったように思える。

それに、もし最初の初診の時に脳腫瘍だと判明したところで

場所が場所なだけにオソラク今と変わりない治療だったはずだ。

そして間違いなく、ヒナには会えなかった。

そう考えると、ヒナが生まれてから判明した事に感謝だし

入院時期もあの時期で良かったと今なら思える。

当時はようやくおっぱいでの授乳が軌道に乗り出した時に

いきなり死を宣告されたように思い、落ち込んだ。

そして失意の中無理矢理前を向き、断乳をしたが

当時のヒナはまだ生後4ヶ月にも満てなく、

さくらやチチと離れる事に戸惑いはあっただろうが

まだお腹がすいたらミルクを与え、オムツを換えて貰い

そして抱っこしてくれる人がいればそれで我慢できた。

我慢とすら感じていなかったかもしれない。

しかし、もし今なら。

さくらやチチと離れ離れになる事で、はっきりと心の穴があくだろう。

そう考えると、あの時期の入院で良かったんだと思う。

初めての寝返りをさくらは見れなかった、と入院時には

落ち込んだけど、やっぱりあの時期の入院がさくら達にとっては

とても良いタイミングだったんだと思う。

色んなことを考えると、ナゼさくらが脳腫になったのかは、

それがさくらの運命だったんだなぁ・・と納得とまではいかないが

自然と受け入れる事が出来る。

だから最初から今まで悲観的に『ナゼ私が~』等と

考えなかったのかもしれない。

それまでの伏線みたいなものがたくさんあるから

前を向いて自分の人生を受け入れ歩いていくしかないと

周りに支えられながら歩いていけたんだと思う。


チチと巡り合い、結婚した事もさくらの運命だったように。

死との隣り合わせの生活をチチはもうずっと続けてきた。

さくらとチチはお互いが患者であり患者の家族でもある。

こんなことってそうそう無い事だ。

チチは今までに何度もどん底に突き落とされるような経験をしている。

そしてそれを自分の努力や色んなタイミングで乗り越えてきた人だ。

きっとさくらとの出逢いもチチにとっての運命だったんだよね。

入院していた時は別の医療機関へ出向していたが

以前友人を通じて何度か食事会をしたドクターが最近さくらの病院の

救命センターへ脳外科の医師として戻ってきた。そのうち会う事もあるだろう。

あの時、色んな科のドクターが集まり一緒に食事をした(飲み会)が

その時のドクター達はみんな散り散りになっている。

その中で脳外科の医師だった彼だけがまた戻ってきた。

これも何だか上手く説明できないが、やっぱり必然的な偶然だと思う。

ナゼ脳腫瘍になったのだろう。

それはさくらの運命だったんだ。そしてたくさんの偶然も

きっと必然の出来事だったんだと、さくらは思う。



↓   ↓ 救命に戻ってきた医師はきっとさくらの事は覚えていない。




↓  ↓  寧ろそちらの方がさくらは助かる(笑)。

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↓  ↓  その内顔を合わせてもさくらは知らん顔しておこう。


プロフィ~ル

sakura

Author:sakura
アラフォー世代
一児の母で病気持ち

初めての方はカテゴリの
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病気の事は解って頂けると
思います。

病気持ちだけど
普通に主婦して
子育てに奮闘して
日々大切に暮らしています。

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