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Archive | 2009年06月

家族の選択、患者の意志

親戚のおじいちゃん(義祖父の妹のご主人)が

急性骨髄性白血病だとわかったのは確か

ゴールデンウィーク前だったと思う。

ナゼ発覚したかと言うと、老人会の旅行で足を滑らし

骨折してしまい、足の骨の手術の為に入院した時の

血液検査で思わぬ病気がわかったのだ。

年齢的にも(80代)骨髄移植は出来ず

治療法としては抗がん剤しかなかった。

家族は話し合い、本人には知らせず

足の手術の後、リハビリと称して近くの病院へ転院させ

本人には病気の事は一切知らせずに

骨を丈夫にする薬とか何とか言って

抗がん剤治療を行ったそうだ。

年齢的に病気の事を説明してもわからないだろう、

そう家族の判断での事だった。

何も知らないおじいちゃんは周りの人に

手術も終わり、リハビリする為にこっちの病院へ移ったのに

リハビリはいっちょんせんで、骨を丈夫にする薬を始めてから

どうも体がダルくて、きつかーーーー

と、愚痴をこぼしていたそうだ。

最終的には免疫力低下による肺炎と腎不全も起こして旅立った。

思う。

お正月のお年始の挨拶には普通にひょこひょこ来ていた。

骨折しなければ、多分まだ発覚していなかっただろう。

家族の選択は家族の色んな思いがあるだろうから

外部の人間がとやかく言う権利はない。

わかっている。

でも。

おじいちゃん、病気の事は知らされず

最後愚痴をこぼしながら終えたのなら

それはおじいちゃんにとって幸せな最期だったのだろうか。

家族としてはどうにか助けて欲しいと思うものだ。

1日でも長く生きてて欲しいと願うものだ。

ただね。

さくらだったら、おじいちゃんが少しでもしんどくない治療を

主治医と相談して決めると思う。

せめて、足のリハビリを済ませ自分で歩けるようになってから

抗がん剤の治療を始めるようにお願いしたんじゃないかな。

結局おじいちゃんは、手術はしたけれど

すぐに抗がん剤治療に入ったのでリハビリが出来ず

車椅子、寝たきりと病院で最期を迎えた。

年齢的に、リハビリ後に抗がん剤治療を始めても

体力面で移動は車椅子になっただろう。

それでも、治療を乗り越えれば自力でまた歩ける

というモチベーションと、

リハビリもせずに歩けないままどんどん弱っていくのとでは

おじいちゃんのしんどさも違ったんじゃないのだろうか。

これはあくまでも、さくらの考えで

実際の詳しい状態は聞いていないので

おじいちゃんの家族の選択にどうこう言う気はサラサラ無い。

しかし、今回の事でやっぱり思った。

さくらの最期の迎え方はさくら自身で決めたい。

そしてそれをきちんとチチに伝えておかなきゃな。

そんな事を考えていたからか、昨夜チチとちょっと険悪なムードになった。

理由は些細な事。

長くなるし、まだ自分の中でもまとまってないので

詳細は次回にします。


↓  ↓ ひょこひょこ突然現れるおじいちゃんだったな。




↓  ↓  そっちの世界ではまたひょこひょこ歩いてますか?
 

プロフィ~ル

sakura

Author:sakura
アラフォー世代
一児の母で病気持ち

初めての方はカテゴリの
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病気の事は解って頂けると
思います。

病気持ちだけど
普通に主婦して
子育てに奮闘して
日々大切に暮らしています。

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